詳しいプロフィール

益永 真見子    ストレングスファインダーは、収集・目標・社交性・責任感・ポジティブ

1970年3月9日熊本市内で生まれる

母の証言によれば、幼いころはとにかく「喋らない・歩かない」。

はじめてのお願いが『ピアノを習いたい』で、喜んで習わせてくれました。ピアノは好きでよく練習もしました。ピアノは舞台の上では独りぼっちですから、発表会やコンクールはよい鍛錬になったと思います。今でも気分転換に弾きますし、子供達も習っています。ですから我が家のピアノは50年近く使っているもので、古くて音も悪いのですが愛着があります。

保育園時代は読書やお絵かきが好きな内向的な子でした。信じられないと言われますが、今でも本質は内向的です。

平仮名の『ね』がうまく書けずに一人で黙々と練習したり、『ヘレンケラー』『鉢かぶり姫』の本が大好きで暗記するまで読んでいました。どちらも困難を克服する話で、今も好きです。何か目標がないと怠けます。

地元の公立小学校に入ると少しずつ活発になり、6年間欠かさず学級委員を任されました。決して人望があったわけではなく、勉強をコツコツしていたこと、人と争うことが苦手で誰とでも仲良くしていたからだと思います。自分から意見を言うのは苦手だったので、いじめをしている男子に意見するのではなく、いじめられている子と仲良くなりグループに参加させるようなことをよくやっていました。

相変わらず人と争うには苦手で、今も同じようなことをしています。

子供のころに得意だったことが自分の資質だといいますが、その通りかなと最近思うことが多いです。

小学校後半から中学時代は福岡市早良区で過ごしました。その前後は熊本市内で過ごしています。中学生の途中から、家庭環境の変化等もあり勉強しない生活になりました。わりとハードな青春時代でしたが、中学ではブラスバンド部に入りフルートを吹いていたのが良い思い出です。

短大に行き保育士になり、子供達はかわいくて充実した生活でしたが、一生の仕事とは思えず結婚を機に退職し一般事務を経験します。

29歳で長女を出産しました。我が子のあまりの愛おしさに驚き、同時に『この子のためにも精神的・経済的に自立したい』と強く思いました。

出産を機に事務職は辞めていましたので、一からこの先のキャリアを考えることになり、大学に入りなおすことも含めていくつかの道を検討しました。

その中で税理士は科目合格制だということ、数字が嫌いでないこと、税理士事務所のパートであれば就職できるであろう、との考えから税理士試験を受験することを決意しました。

この時は、税理士の仕事内容もよく知りませんでしたし、独立することも微塵も考えていませんでしたが、税理士となった現在、この仕事が大好きで天職だと思っています。その決断は間違ってないよ、と昔の自分に言ってやりたいです。

最初の受験科目は、簿記論と酒税法で酒税法合格。簿記論は途中であきらめて記念受験でしたが、マジメにやっていればいい線いったかも、と思いました。

その後、甲状腺機能亢進症で入院、手術をしたり、父が試験直前の7月末に亡くなったり、前日まで子供がプール熱で高熱をだし当日は自分がうつったりと、色々なことがありましたが、なんとかH21年に5科目合格。最後の受験は相続税法で、お腹には三女がおりました。

以下、のんびり受験歴です。

H11年 長女出産

H12年 簿記2級を独学で取得。1級も勉強していたのに願書を出し忘れて受験せず。

H13年 簿記論× 酒税法〇 初受験。 TACの通信講座にて勉強。教室に通うのは遠くて時間的に無理でした。

H14年 バセドウ病の手術、入院のため受験せず。眼病がひどく、複視といってモノが2つ見えるように。

H15年 簿記論〇 財務諸表論×  財表が苦手でした。

H16 年 財務諸表論 〇 アルバイトや幼稚園ママを楽しんでいたころ。

H17 年 つわりがひどく受験せず。新聞も読めなかった記憶があります。

H18年 次女出産  試験直前の7月に父が亡くなり、その後、生後4か月の次女がプール熱に感染。40度超えの発熱で点滴をしに病院に通う毎日。やっと熱が下がったと思ったら、私が感染して40度越え、これが試験前日で、もちろん受験していません。どちらにせよ勉強不足でした。受験に対するモチベーションを維持できなかった頃。

H19年 相続税Aランク落ち 不合格で、受験をやめることを考えましたが、いまさら別の道に行く気力もなく、これはもう合格するしかない、と覚悟を決めました。税理士事務所でのアルバイトもしながら頑張ってましたね。

H20年 法人税〇 相続税×Aランク落ち 官報合格をねらっていて手ごたえもあったので、悔しかった。でも頂上が見えたというか、来年はいける!と確信しました。

H21年 相続税〇 三女がお腹の中にいながらの受験。生まれたら勉強時間がへるので絶対に合格したくて、TAC、大原、大栄3校の直前模試を受けました。

産後すぐに税理士事務所に正社員として就職。

子供の世話と仕事の毎日は目の回るような日々でしたが、近くに住む夫の母が色々と手伝ってくれていました。その義母が病気で倒れたのをきっかけに、働き方を考えるようになり、結果的に独立を選びました。

今、受験勉強を始めてから15年以上たっているのには自分でも驚きますが、専業主婦、パート主婦、正社員から個人事業者と経験し、やはり女性も仕事をもち社会とつながりながら経済力をもつことが、充実した生活につながると実感します。私のようにスタートが遅くても、出来が悪くても、コツコツやればどうにかなるものです。そして自分の幸せは、家族や周りの人に伝染しますから、決して自分一人の問題ではありません。

そういったことも、税務という仕事を通してお伝えしていけたらと思っています。

 

 

 


公開日:
最終更新日:2018/07/04

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